沖縄戦の記憶を記録するDVDが発売。”今遺さなくては 失われてしまう” 稲塚 由美子さんより

「ふぇみん」2021年1月15日号にて、弊社のDVD「私の沖縄戦体験から 古堅実吉~目の前に戦がやってきた~」の制作にご協力いただいた稲塚 由美子さんの寄稿を掲載していただきました!

 
 2020年10月末に沖縄に飛んだ。住民の4人に1人が死亡、住民の犠牲者が軍人の犠牲者を上回った沖縄戦。
その記憶を遺すため、インタビュー撮影してDVD化し、皆さんに見ていただこうというプロジェクトを始めた。
DVDを販売する旅行会社「たびせん・つなぐ」では、収益を沖縄支援につなげる。

 このコロナ禍で沖縄への旅もままならず、さらに証言してくださる戦争体験者がご高齢でもあり、このままでは「沖縄戦の記憶」が失われてしまう。
やむにやまれぬ気持ちだった。

 収録した証言者は、91歳の古堅実吉さん。
古堅さんは「命を削ってでも伝えたい」というお気持ちで証言してくださった。

 冒頭、沖縄本島最北端の国頭村安田の小さな集落で親と兄妹に囲まれた「暮らし」から語られる。

 米軍上陸が迫る1945年3月。
突然、学徒兵部隊「鉄血勤皇隊」に全校あげて召集された沖縄師範学校。
当時、師範学校予科1年で14歳だった古堅さんが91歳となった今、多くの学友の命を奪った沖縄戦の真実を静かに語っていく。

 学友の死を語ろうとして言葉に詰まり、沈黙する古堅さん。
あるいは南部への敗走時に出逢った母子の悲惨な姿について「あの赤ん坊はどうしていただろうか、せめて誰かに助けれらていれば」と悔やみ続ける。

 米軍占領下となり平和と民主主義を求めて「不屈」に闘った瀬長亀次郎。
その後継者として「基地の島・沖縄」選出の衆議院議員として活躍した古堅さん。
たとえば証言の中で、古堅さんが「14歳」で突然召集されたのは当時の法律でも違法だったと話す。
いったん戦争になれば、巧妙に言いくるめられ誰でも捨て駒にされる。

 日本には、庶民の記録がないとよく聞く。戦争をトゲのように身の内にもっていて、そのまま話さずにいる日本人は多いはずだ。
「記憶の記録」を遺さなければならない。戦争体験を部分で切り取るのでなく、小さい頃からのライフヒストリーとしての記憶を遺す。
戦争がどういう出来事だったのかは、証言者の生きざま、具体的な個人の「生活史」、日常生活があって見えてくる。

 古堅さんは、暮らしていた生活と「地続き」のまま心身ともに戦争に動員され、挙げ句の果てに、想像を絶する沖縄戦を這いまわった。
沖縄戦に動員されたのは、特別な古堅少年ではなく、私たちと同じく、ただそこで人生を送る少年だったのだ。
タイトルの中の「目の前に戦がやってきた」は、古堅さんの語りの中の言葉である。

 ただひたすらご本人の語りにまかせている。見る者・聞く者がご本人から直接うかがっているようであり、その語る言葉は、まるで未来の若者への伝言のように響く。

(ふぇみん、2021年1月15日号掲載)

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